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企画展示「公文書から読み解く明治維新と佐賀(2) ー新しい仕組みの導入ー」

最終更新日:
 

概要

 「明治維新と佐賀」をテーマとした全4回シリーズ展示の2回目。欧米諸国に負けない近代国家を目指し、政府は新しい仕組みを導入してさまざまな改革を進めました。その中から戸籍制、徴兵制、地租改正、学制について取り上げ、佐賀ではどのように実施されたかを紹介しました。

【会期:平成30年7月4日~9月30日】                                           

 チラシ

 

 
 

主な展示資料紹介 

 戸籍加除書式
戸籍加除書式

(明治8年1月17日)

戸籍に変更があった場合の記入例。

戸籍は、戸主をはじめとして一家族単位でまとめられ、

年齢や婚姻、縁組などが記載されました。

 
 明治政府は、欧米諸国に負けない近代国家を目指し、さまざまな改革を実施します。そのためには、まず国民を一律に把握することが必要でした。
 明治4年(1871年)4月に戸籍法が公布され、戸籍は住所地を基本に編成されました。各地方を番号が付いた区に分け、家に地番号を付け、一人一人の住所・氏名・年令などを把握できるようにしました。区には、戸籍事務を担当する戸長・副戸長が置かれ、明治5年(1872年)4月に従来の村役(庄屋など)が廃止されると、行政事務全般を行うようになります。

 

 

 

大小区画改正及び配置役員の件
大小区画改正及び配置役員の件

(明治8年3月10日)

大区小区の改正を行った際の布告。

 

佐賀県では、明治4年7月に大区小区制が施行されました。数町村を1小区、数小区を1大区として県下を区分しました。例えば明治5年の区分では、呉服町や白山町、唐人町など数町が第8大区第3小区でした。

各小区には扱所が設置され、小区内の事務を行いました。各大区には正・権(副)区長のどちらか1人、各小区には正・副戸長合わせて4人が置かれました。大区小区制は、郡区町村編成法が施行される明治11年(1878年)まで続きました。

 

 

 

 

徴兵検査日割3徴兵検査日割2徴兵検査日割

徴兵検査日割

(明治9年2月22日)

 

明治政府は、国の軍事力を強化するため、近代的な軍隊を編成することを目指しました。

明治5年(1872年)11月28日に徴兵告諭が出され、翌年1月10日に徴兵令が制定されます。満20歳以上の男子は徴兵検査を受け、検査合格者の中から抽選で常備軍に3年間服することとし、常備軍を終えた後は4年間、後備軍として戦時召集の対象とされました。

徴兵令により国民皆兵が制度化されますが、官庁職員・学生・戸主・嗣子・養子などのほか、代人料金270円を納入した人は徴兵を免除されました。徴兵検査は当初、寺などを検査場として地域ごとに行われていました。

 

 

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