
| 令和8年7月24日 文化課 佐賀復権推進チーム 担当者 江原、松永 内線:1908、1907 直通:0952-25-7253 E-mail:culture_art@pref.saga.lg.jp |
江藤新平と鍋島直正を主人公とした漫画「さがドーン」コミックス発売記念イベントを開催します
佐賀県では、令和6年(2024年)の江藤新平没後150年を契機に、佐賀戦争とともに消されてしまった江藤の功績に光を当てて「真の復権」を図る「江藤新平復権プロジェクト」を展開しています。
週刊漫画雑誌『モーニング』では、5月14日発売号から6月11日発売号までの5週連続で、警察女子のリアルを描いた人気漫画『ハコヅメ』の作者・泰 三子(やす みこ)氏が描く超本格幕末譚『だんドーン』の番外編として、江藤新平と鍋島直正を主人公とした『さがドーン~江藤新平と肥前の妖怪~』が掲載されました。
書店やコンビニで『モーニング』の売り切れが続出し、SNSにおいても「佐賀藩が大好きになりました」「めちゃくちゃ面白い!短期で終わるのがもうすでに惜しい...」など大きな反響をいただき、第1話掲載後すぐにコミックス化が決定しました。
このたび、『さがドーン』のコミックス発売(8月21日)を記念して、下記のとおりイベントを開催します。
記
1 コミックス発売記念イベント
(1)日 時:令和8年8月23日(日曜日)16時00分~16時30分
(2)場 所:ゆめタウン佐賀 1階 イーストコート(佐賀県佐賀市兵庫北5丁目14−1)
(3)内 容:(1)作者 泰三子氏×佐賀県知事 山口祥義によるトークショー
(2)『さがドーン』コミックス販売会
(4)特 典:コミックス販売会で『さがドーン』を購入された方に、泰三子氏のサイン(印字)入りポストカード(限定300名様)をプレゼント
(5)参加費:無料
(6)備 考:販売会については、13時30分から17時00分まで行います。
イベント詳細は別添チラシ又はホームページをご覧ください。
URL: https://sagaishin-kokorozashi.jp/eto/#a-sagadoon
(外部リンク)
2 コミックスについて
(1)題 名:『さがドーン~江藤新平と肥前の妖怪~』
(2)発売日:令和8年8月21日(金曜日)
(3)内 容:週刊漫画雑誌『モーニング』に掲載された全5話
(4)備 考:通常、佐賀県内の書店には8月24日(月曜日)以降に入荷されます。
(参考)
○『だんドーン』とは
週刊漫画雑誌『モーニング』にて連載中の本作は、累計発行部数500万部を突破した警察女子のリアルを描いた『ハコヅメ』の作者・泰三子氏が、幕末の日本を舞台に描く超本格幕末歴史コメディ。
後に「日本警察の父」と称される薩摩藩士・川路利良を主人公に、西郷隆盛や大久保利通といった維新の志士たちの交流を、綿密な時代考証と独自のユーモアを交えて描き出す。
激動の時代における情報戦や組織の本質を鋭く突いており、幅広い世代が楽しめる新しい幕末エンターテイメントとして注目を集めている。
○『さがドーン』のあらすじ
欧米列強の脅威が迫りくる幕末の世に「民が安心して暮らせる この国の未来を守ること」を夢見た第10代佐賀藩主・鍋島直正と彼に見いだされた若き稀才・江藤新平。
直正の夢の未来を実現させるために、激動の時代を疾風のように駆け抜けた江藤新平の短くも強烈な人生を、『だんドーン』の作者・泰三子氏が史実を参考にしながらも独自のユーモアを交えて描いた作品。
○『さがドーン』漫画化の経緯
県では、現代につながる国の骨格を創る重要な役割を果たした、希代の傑物である江藤新平の真の復権に向けて様々な施策に取り組んでいる。
そのような中、幕末維新期の動乱の日本を描く大人気歴史漫画『だんドーン』の作者 泰三子さんに、県から資料提供や佐賀での取材案内を実施。泰さんは、かねてから江藤に関心を持たれており、実際に来佐され、取材等を通じて、江藤と直正の比類なき功績や高い志などに深く共鳴し、『さがドーン~江藤新平と肥前の妖怪~』という作品が生まれた。
5月中旬から5週連続で全国販売の週刊漫画雑誌『モーニング』に、『だんドーン』の番外編として掲載され、全5話が、8月21日にコミックス化されることが決定した。
○江藤新平と鍋島直正の関係性
直正は、欧米列強の脅威をいち早く察知し、国防のために西洋の学問や科学技術を取り入れるなどした先見性のある名君として知られる。
藩校の弘道館を充実させ、身分や家柄だけに頼らず、実力を重んじる教育を行い、この弘道館で学んだのが江藤新平。
江藤は、貧しい下級武士の家に生まれ、弘道館への入学は遅かったが、猛烈に勉学に励み、鋭い考えを持つ若者として藩の中でも評判となる。
やがて京都で見識を広げるため、藩を離れるという思い切った行動に出た江藤。本来なら脱藩は「死罪」という重い罪だったが、江藤がまとめた京都見聞の内容の的確さに、直正は、江藤を「将来有望な人材」として評価し、厳しい罰ではなく謹慎にとどめたと伝えられている。
添付資料