■全国有数の広大なお堀
佐賀城は、佐賀平野の低い土地に造られた典型的な平城です。戦国大名・竜造寺氏の居城である村中城を、鍋島氏が拡張・整備しました。大きな特徴である80m前後の幅を持つ広大な堀は、江戸時代には当時の単位で「四十間堀」と呼ばれていました。
県が管理する佐賀城公園の一部であるお堀は、今も昔の姿を残しています。水面には空の青が映え、春は桜、夏は蓮、一年を通してクスノキの緑が楽しめます。自然に親しめる憩いの場所で、昭和の時代にはボート遊びが行われるなど、人々に親しまれてきました。
佐賀平野は低平地であり、有明海の干満差が6mに達し、降った雨をスムーズに排水しづらいという課題があります。この特性を踏まえ、今ある施設を最大限に活用する「流域治水」という水災害対策の取り組みとして、佐賀市では、全国で初めて、大雨の時にお堀に雨水や川の水を溜めて、お堀周辺や多布施川下流の浸水被害の軽減につなげています。