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県指定(考古資料の部)06

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佐賀県重要文化財(考古資料)の部 

 

佐賀県重要文化財 背振山経塚群一号経塚出土銅製経筒・紙本経(せふりやまきょうづかぐん1ごうきょうづかしゅつどどうせいきょうづづ・しほんきょう)

昭和61年11月5日指定
佐賀市城内1-15-23(県立博物館)
考古資料


背振山経塚群一号経塚出土銅製経筒・紙本経
 脊振山経塚群は、脊振山山頂から南東に少し下った尾根の瘤状地に立地する平安時代後期を主体とする経塚群である。

昭和61年7月に土砂崩壊の際に紙本経18巻を収めた銅製経筒1口が発見された。
 経筒は鋳銅4段積上式で現存高34.7cm。蓋は2段式で、蓋・筒・台座とも2~4本単位の細刻線を巡らす。
 この経筒は類例から見て12世紀前半代の作と推定される。

 

 

 

 

 

 

 

佐賀県重要文化財 西山田二本松遺跡二号住居跡出土銅釦(にしやまだにほんまついせき2ごうじゅうきょあとしゅつどどうこう)

昭和62年3月16日指定
佐賀市城内1-1-59(県教育委員会)
考古資料 


西山田二本松遺跡二号住居跡出土銅釦
 西山田遺跡は佐賀市大和町大字川上字西山田二本松に所在する。弥生時代後期を主体とする鎌倉時代にかけての集落跡である。
 この銅釦は発掘調査で弥生時代中期末~後期後半の2号住居跡から出土した。
 銅釦は何らかの器物に装着してボタン状の飾りに使用された朝鮮系青銅器である。直径5.1cm、高さ0.85cm。半球の裏は空洞でその中心に孔径0.2cmの小さな鈕が付く。鈕の周囲に赤色顔料が付着する。部分的に表面が剥離しているが、全体的に保存状態は良好である。
 銅釦の発見は、他に小城市小城町布施ヶ里遺跡の3点と、熊本県・京都府で各1点しか知られていない。

 

 

 

佐賀県重要文化財 布施ヶ里遺跡二二号土壙墓出土銅釦(ふせがりいせき22ごうどこうぼしゅつどどうこう)

昭和62年3月16日指定
小城市小城町(小城市教育委員会)
考古資料


布施ヶ里遺跡二二号土壙墓出土銅釦
 布施ヶ里遺跡は小城市小城町自在字布施ヶ里に所在する。祇園川により形成された扇状地上に立地する、弥生時代後期の墓地を主体とする遺跡である。昭和59年度の発掘調査により22号土壙墓から銅釦3点が出土した。
 3個の銅釦は直径5.5cm前後、高さ1.2cm前後で半球座に周縁がつき、半球座の裏側に鈕が付く。
 この銅釦の所属時期については、22号土壙墓が共有土器をもたないため確定できないが、この遺跡の他の遺構や類例から弥生時代後期のものである可能性が強い。

 

 

佐賀県重要文化財 二塚山遺跡群出土遺物(ふたつかやまいせきぐんしゅつどいぶつ)

昭和62年3月16日指定
佐賀市城内1-1-59(佐賀県教育委員会)
考古資料


二塚山遺跡群出土遺物
 →(国)重要文化財「佐賀県二塚山遺跡出土品」
 国指定外の、貝製腕輪や鉄斧・磨製石剣・磨製石鏃などが県重要文化財に指定されている。

 

 

 

 

 

佐賀県重要文化財 田島遺跡出土日光鏡(たじまいせきしゅつどにっこうきょう)

昭和63年4月4日指定
佐賀市城内1-1-59(県教育委員会)
考古資料


田島遺跡出土日光鏡
 田島遺跡は唐津市柏崎字田島に所在する。夕日山北麓の低く舌状に延びた段丘状に立地する縄文~古墳時代の遺跡である。
 昭和53年の発掘調査で弥生時代中期後半の6号甕棺墓に副葬された日光鏡1面が出土した。
 この日光鏡は直径6.9cmの小型の舶載鏡で完形品である。鏡面は凸面で、鏡背に「見日月之明光田貞(卓)」の八文字の銘文がある。この日光鏡と同形のものが中国江蘇省連雲港市海州の前漢雀賀墓より出土している。

 

 

 

佐賀県重要文化財 横田遺跡出土遺物(よこたいせきしゅつどいぶつ) 

昭和63年4月4日指定
佐賀市城内1-15-23(県立博物館)
考古資料


横田遺跡出土遺物
 横田遺跡は、吉野ヶ里遺跡から約1キロの東方、神埼郡吉野ヶ里町の横田丘陵上に位置する。昭和41年の東脊振村営住宅建設工事中に甕棺及び石棺から出土した遺物である。
 波文縁方格規矩鏡は面径17.5cm。出土時の破損で鈕及び内区約三分の一を欠失するが現在修復されている。方格内には十二支銘が置かれ、内区の方格には青龍・白虎・朱雀・玄武の四神を配す。銘文は「尚方作鏡真大巧 上有仙人不知老 渇飲玉泉飢」と認められる。
 素環頭鉄刀は全長61.8cm、全体に細身で、途中から内側に著しく屈曲している。素環頭は平面楕円形で一端を曲げて柄に接合している。弥生時代の鉄刀としては津島トウゴウ山石棺出土品に次いで長い。
 鉄剣は46.5cm。茎の末端を矢や欠失する。両関式で短茎である。

 

佐賀県重要文化財 椛島山一号及び二号石棺墓出土遺物(かばしまやま1ごうおよび2ごうせっかんぼしゅつどいぶつ)

平成元年3月27日指定
佐賀市城内1-15-23(県立博物館)
考古資料


椛島山一号及び二号石棺墓出土遺物

 椛島山遺跡は武雄市北方町に所在する。杵島平野の西奥にある独立丘陵上に立地する弥生時代中期から古墳時代にわたる遺跡である。
 ミカン園造成の際、2基の石棺が発見され、内部より豊富な副葬品が出土した。一号石棺墓からは内向花文明光鏡1面、素環頭刀子1本、硬玉製勾玉3個、碧玉製管玉36個、二号石棺からは方格規矩四神鏡1面が出土した。
 内向花文鏡は径10.3cmで8個の内向花文を配している。方格規矩四神鏡は径13.1cm。素環頭刀子は全長16.7cmで中国漢代に流行した環頭刀剣の系譜を引くものである。これらの遺物は出土品の内容から弥生時代後期前半のものと推定され、一号石棺に見られる鏡・玉・剣の組み合わせは弥生時代の墓制を考える上で重要である。

 

 

 

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