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国登録(建造物の部)06

最終更新日:

登録有形文化財(建造物)
大隈重信記念館(おおくましげのぶきねんかん)  1件

   平成29年6月28日告示
   所在地 佐賀市水ヶ江二丁目360-2
   所有者 佐賀市


 

大隈

大隈重信記念館は、佐賀城北東の旧武家地にある会所小路に面する大隈重信旧宅(国史跡)の敷地東側に北面して建つ。記念館は、大隈侯生誕125周年を記念し、昭和39年に佐賀出身の早稲田大学卒業生を中心とした建設委員会が発足して計画されたもので、同大名誉教授である今井兼次が設計を行い、地元の松尾建設が施工を請負って昭和41年(1966)11月に竣工したものである。竣工の翌年には建設委員会より佐賀市が寄贈を受け佐賀市大隈記念館として開館し、現在まで佐賀市による管理・運営が行われきたもので、平成29年10月で開館50周年を迎える。

記念館は、鉄筋コンクリート造の二階建で、建物の内外が複雑でやわらかな曲面で構成されており、全体的にどっしりと安定した佇まいは県木である楠木の根幹と大隈侯のからだを表現したものである。内部は東西の柱をアーチで結び、大隈侯の理念である東西文明の融合と調和を表し、トップライトやステンドグラスの色光で彩られる室内空間もまた大隈侯の精神や風格、香気を表現したものとされ、建物自体が大隈侯の人間像・人間愛を体現した芸術作品としての特色を有している。

設計者である今井兼次は、後期表現派を代表する建築家としてモダニズムから距離を置き、アントニオ・ガウディやルドルフ・シュタイナーなどの建築家をいち早く評価して紹介し、早稲田大学図書館(T14)や日本二十六聖人殉教記念館(S37)などの優れた作品を残しており、記念館の設計にあたっては、シュタイナーの「建築の人間化」という建築思想に影響を受け、ゲーテアヌム(スイス・バーゼル)を参考にしたものである。

大隈重信記念館は、大隈侯の生誕125周年を記念して昭和41年に建設されたもので、建物自体が大隈侯を顕彰する記念碑的性格を有しており、早稲田大学出身の建築家、今井兼次による建築理念をコンクリートによるやわらかな曲面で表現した地元職人の施工技術の高さが窺えるもので、生家である茅葺の旧宅とともに日本の近代化に貢献した大隈侯の足跡に触れることのできる建物として価値を有するものである。 

   
 

登録有形文化財(建造物)
大谷川隧道(おおたにかわずいどう)  1件  

   平成29年6月28日告示
   所在地 唐津市千々賀93333~1338番4
   所有者 佐賀県(管理者)

 

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大谷川隧道は、唐津平野の最奥部、徳須恵川の沖積作用により形成された沖積平野が南側に展開する千々賀地区の丘陵及び周辺部に位置する。大谷川が流れ込む徳須恵川は一級河川松浦川の支流で、千々賀東端の川原橋付近で合流する。

隧道は、耕地整理事業の一環として、長年洪水に悩まされてきた蛇行著しい徳須恵川の直線化と大谷川・山田川の付替え、地区内の耕作道・排水路の整備を行うものであり、洪水防止を目的として山裾を迂回する大谷川を最短距離で徳須恵川に繋ぐためのバイパスとして山を穿って建設されたものである。耕地整理の実施にあたっては、明治42年から大正3年にかけて千々賀区が「千々賀耕地整理地区」を組織して耕地整理を行い、隧道の建設も地元住民によって工事が執り行なわれたもので、耕地整理事業の結果、豪雨時における洪水が解消され、耕地面積も増加している。

隧道は、明治44年(1911)9月に建設された煉瓦造の三層巻馬蹄形アーチ構造で、笠石上端から煉瓦積最下段までの高さは、上流側5.03m(下流側4.33m)、坑口の高さは上流側2.47m(下流側2.13m)で、坑口の幅は上流側(下流側)2.97mで、延長は92.22mである。ポータルの構造は、上下流側ともに笠石と帯石、ピラスターからなる鳥居型の構えを有し、アーチ中央には尖頭形に加工された要石(花崗岩)、アーチと側壁との境には迫受石(花崗岩)を設け、パラペットの中央には「大谷川明治44年9月成」と陰刻された題額を付ける。

 大谷川隧道は、洪水防止を目的として明治44年に建設された煉瓦造の隧道で、地元住民によって固い花崗岩質の山肌を穿つ難工事の末に完成したもので、現在も良好な状態で維持されている現役の土木構造物であり、地元住民は愛着と誇りをもって隧道の活用に取り組んでおり、煉瓦造のアーチが竹林の中に佇む整姿は美しく、国土の歴史的景観に寄与している。

 

 

登録有形文化財(建造物)
水野旅館 観風亭・門(みずのりょかん かんぷうてい・もん)  2件

   平成29年10月27日告示
   所在地 唐津市東城内96‐1
   所有者 佐賀市


 

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水野旅館は、唐津湾に臨む西の浜海岸の東端、唐津城の外郭と玄海灘を眺める風光明媚な場所にあり、敷地の北側は直接海岸へとつながる。

 旅館は、唐津中心部で和紙問屋を営んでいた現所有者の祖父により、昭和13年に別荘として建てられたもので、唐津城に降る雨の軌跡で風が吹くのが見えるという光景にちなんで「観風亭」と名付けられ、昭和28年より旅館として使用されている。

 建物は南面し、良材を用いて全体的に端正な印象をもつ12.5帖の書院造の座敷と7.5帖の和室からなる「百合の間」を主体とし、西側へ向かって一段低い位置に入母屋破風を載せ車寄の付く式台玄関と、炉を備えた拭板張の「松の間」(6帖)、「調理場」が続く。百合の間は、地上より6尺ほど嵩上げして高床とするほか、南北に縁を備え、内法と天井を高くとって開放的な造りとする。北側の縁は海岸の眺望を考慮して広縁とし、南北の縁の障子を開け放つと潮風が通り抜ける演出は別荘にふさわしい設えを有しており、ここでは能や茶道も楽しまれたという。また、外観は、建物の高低差を利用して屋根の入母屋破風を段違いに交差させて変化をつけるなど意匠に富み、品格ある和風建築としての表構えをもつ。  

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 門は、切妻造本瓦葺の一間薬医門で、唐津市北城内にあった唐津藩小笠原家の家老を務めた堀家屋敷の門を昭和48年に移築したものである。また、用材は文禄・慶長の役後に解体された名護屋城の部材を利用したものとの伝承もある。男梁より上部の架構など、一部の部材に取り換えもみられるが、西側袖塀と東側潜戸が備わる現在の構成は、堀家屋敷の門として幕末までに整えられたものと考えられる。 
 水野旅館観風亭は、良質材を用い、優れた大工技術によって建てられた伝統的な近代和風建築として価値をもつものであり、門は唐津城下に残る武家門の遺構として、また水野旅館の佇まいを構成する重要な要素として貴重なものであり、唐津城下町における良好な景観を形成している。
 
 
 

登録有形文化財(建造物)
齋藤商店店舗兼主屋(さいとうしょうてんてんぽけんしゅおく)  1件

   平成30年3月27日告示
   所在地 小城市小城町字蛭子町427
   所有者 個人


 

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齊藤商店は、小城市小城町蛭子町に位置する。この一帯は、江戸期に小城鍋島藩の城下町の一画を占める町人地で、明治から昭和期にかけては歓楽街として賑わった。

小城市小城町は、明治初期から羊羹製造がはじまる羊羹の町で、町で生産販売される羊羹は、「小城羊羹」として全国的に有名であり、現在も20店舗ほどの羊羹店がある。齊藤商店は羊羹の原材料となる砂糖を卸す商売を行って繁盛した商店であり、店舗兼主屋は、現所有者の祖父である齊藤安吉氏によって昭和2年(1927)に建築されたという。

齊藤商店店舗兼主屋は、表通りに沿って東面して建つ木造二階建て桟瓦葺の町家で、建ちの高い総二階建ての大規模な構成と開放的な表構えをもつ。建物は、花崗岩を二段積みとした基礎土台上に建ち、表側の棟は通りと並行する形で切妻造平入とし、小屋組にはトラスを組んで振れ止めや方杖、金物を多用するなど重厚な架構を構成し、西側に突き出た背面側の棟は、和小屋組を用いた入母屋造である。屋根の鬼瓦には齋藤を現す「丸サ」の紋が付く。

内部のミセは背の高い重厚な根太天井とし、箱階段で直接繋がる二階中央部を吹き抜けとする。吹き抜け部分の二階天井には荷物の上げ下げに用いられた滑車を吊り、吊元の軸材に豊かな装飾を施す。板戸や腰板、手摺・高欄、上げ下げ窓等の装置に洋風意匠を取り入れるなど、近代的な設えを採用している。また、一、二階とも各部屋境に松と鷹や松と人物、竹に雀、梅などの彫物が施され、縁側や土間境のガラス欄間などに昭和初期の志向による多様な間仕切り装置が取り入れられている。

建物は保存状態も良好で、部材には長大材や良質の材料が多用されており、座敷や細部の意匠には随所にデザイン性がみられる。また、小屋組に使用された重厚なトラスの架構、洋風意匠を取り入れたミセの空間、多様なガラスを用いた建具や欄間、ショウウインドウなど、明るく開放的な近代町家の展開が看取できるとともに、小城市を代表する地場産業である羊羹業の繁栄の歴史を物語る町家として重要である。 

 
 

登録有形文化財(建造物)
香月家住宅主屋(かつきけじゅうたくしゅおく)  1件

  平成30年11月2日告示
   所在地 嬉野市塩田町大字久間字西山乙3595番1他
   所有者 個人


 

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香月家住宅は、佐賀県の南西部にある嬉野市塩田町に位置している。この一帯は、18世紀初頭に始まったとされる志田焼の生産地として知られる。志田焼は、鍋島本藩領の志田東山と蓮池支藩領の志田西山で製作された焼物のことを指し、香月家 住宅が所在する地域は、この西山地区にあたる。

香月家住宅は、この志田焼を焼成する大窯主であった浦川家が明治前期に建設したと伝えられる。この浦川家は、陶祖とされる鍋島直澄公の召により諫早から西山に移住し、代々陶器の名工を輩出したといわれる家柄である。

主屋は、木造二階建、桟瓦葺、妻入で、屋根は正面側を入母屋、背面側を切妻とし、梁間四間の二階建上屋の両側に建ちの高い袖下屋を擁し、間口6間半に及ぶ大型の表構えを成すもので、用材にはケヤキ等の良材を用い、小屋組は和小屋組で太い野物の梁を重ねた上、貫を使用する重厚な構成からなる。

また、正面下屋を支える持送りや軒や縁を支える繰型付きの腕木、二階正面の縁台手摺欄干に組み込まれた中備など、彫りの深い絵様装飾が外観を豊かに彩っており、内部は仏間と座敷部分に特に力が注がれ、仏壇には「波に蓮」、座敷付書院には「波に亀」、部屋境には「葡萄にリス」の題材を用い、意匠に優れた欄間が見事で、これらの題材は吉祥慶寿に因る動植物の主題を好んで用いた志田焼の絵文様の特色を連想させるものである。また、座敷縁側天井を吹寄せの棹縁とし、庇の軒先を二軒とする手法などは手が込んでおり、座敷と湧水を湛える庭の池を繋ぎ、来客をもてなしていたことが窺える。

香月家住宅主屋は、良材を用いた重厚な架構からなり、意匠に優れた持送りや欄間装飾等が建物を豊かに彩るなど保存状態も良好であり、志田西山に残る志田焼の窯主の住宅として重要であり、国土の歴史的景観に寄与している。

 

 

 

登録有形文化財(建造物)
草伝社(旧井手家住宅)店舗兼主屋(そうでんしゃきゅういでけじゅうたくてんぽけんしゅおく) 1棟          草伝社(旧井手家住宅)倉庫(そうでんしゃきゅういでけじゅうたくそうこ) 1棟 

  令和元年9月10日告示
   所在地 唐津市北波多徳須恵字前田1030番3他
   所有者 個人


 

そうでんしゃ

 

草伝社(旧井手家住宅)は、佐賀県北部の唐津市北波多徳須恵に位置する。江戸時代には、唐津から長崎へ向かう塚崎往還と伊万里へ向かう伊万里往還の分岐点であり、宿駅が整備された。付近を流れる徳須恵川には船着き場が設けられ、河川舟運の要所でもあった。明治から昭和中期にかけ多くの炭鉱が開鉱し、北波多の中心地であった徳須恵には商店や劇場、旅館などが軒を連ねた。

旧井手家住宅は、北波多村の初代村長や佐賀県会議員を務めた井出豊助が質屋兼住宅と倉庫を建造し居住したのが始まりと伝わる。その後、借家の期間を経て、子の金次郎が結婚後に移住。増築であるハナレでは、「青い山脈」の脚本執筆で知られる孫の俊郎が中学時代を過ごした。平成19年以降は原氏所有となり、草伝社という屋号で唐津焼の展示販売や茶道教室を開き活用している。

店舗兼主屋は私道に西面して建ち、東側に庭を配置する。建物は木造2階建、桟瓦葺、平入の切妻造で、北部の台所周り、中央部の座敷・店舗、南部のハナレからなり、それぞれ梁行四間と桁行二間、梁行四間と桁行七間、梁行一間半と桁行五間の規模をもつ。このうち中央部1階は、私道に面するゲンカン・ワキザシキ・ミセと、庭側のホンザシキ・ブツマ・チャノマ等からなる二列型平面で構成される。ホンザシキは近代的な意匠的特徴を有し、タガヤサン等の良材を用いた床や付書院・床脇、繊細な筬欄等を設える。座敷部分西面に取り付くゲンカンを踏まえれば、接客に特化した空間といえる。質倉として利用された北・中央部の2階は板間で天井は無く、小屋は京呂組の二重梁で、妻壁には小屋梁上から棟上にかけて斜めの貫が入る。2階の外装は現状縦板張だが、建造当初の外観を示すと考えられる大正11年(1922)の古写真では北部が板張、中央部が白漆喰の大壁である。棟札等、建物の建設年代を示す資料は確認できないものの、井手家三代の来歴と井手家に伝聞される明治38年(1905)の建造年代から、北部・中央部は明治後期、大正11年の古写真にない南部は大正後期の建造と考えられる。

倉庫は、主屋兼店舗北側に隣接して建つ。伝聞では同様の倉庫2棟がさらに北側に並び、倉庫3棟、店舗兼主屋、井手家本家が2階部の渡廊下で繋がっていたという。倉庫は、木造2階建、桟瓦葺、平入の切妻造で、梁行二間半、桁行五間の規模をもち、1階は土間の二間、2階は厚板張の一間で構成される。小屋は京呂組で、二重梁と登梁を用いる。店舗兼主屋と倉庫の2階壁面には伝聞の裏付けとなる渡廊下の痕跡を確認し、倉庫は店舗兼主屋と同じ明治後期の建造と考えられる。

草伝社(旧井手家住宅)の店舗兼主屋と倉庫は、良材を用い意匠を凝らした座敷が、建物構成とともに良好に残る等、近代における北波多徳須恵の盛栄を示す重要な町家建築であり、国土の歴史的景観に寄与するものである。

 

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