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国登録(建造物の部)04

 

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国登録有形文化財(建造物)の部 

 

登録文化財 中島酒造場(なかしましゅぞうじょう)

主屋、仕込蔵、西蔵、麹室、土蔵 5件

   平成18年8月24日告示
   鹿島市浜町
   建築物


 中島酒造は、旧長崎街道往還の通称「酒蔵通り」に建つ。
 主屋は木造二階建ての塗屋造で、店舗を中心として、西側に離れ座敷・土蔵が、東側に倉庫が、主棟土間の背後には釜場が接続する。仕込蔵は土蔵造2階建、南北棟2棟からなるが、現在では間の壁を撤去して使用している。西蔵は土蔵造二階建の貯蔵庫で、桁行6間梁間6間である。麹室は、桁行3間半、梁間3間の土蔵平屋建である。土蔵は多良往還を挟んで主屋の向いに建つ土蔵造平屋建であり、街路からやや後退して立つ。
中島酒造場中島酒造場

 

 


 

 

 

 

 

登録文化財 旧中島政次家住宅(きゅうなかしままさつぐけじゅうたく)

主屋1件

   平成18年8月24日告示
   鹿島市浜町
   建造物


旧中島政次家住宅 旧中島政次家の主屋は、旧長崎街道多良往還を挟んで中島酒造の向いに建っており、中島家本家から分家した際に建てられたとされる。棟木墨書には、明治27年、棟梁小川米吉によると記される。
 間口5間半、奥行き7間の木造二階建てであり、入母屋造の桟瓦葺である。外壁は白漆喰塗の大壁造で、二階の窓に銅板張の防火扉がつく。内部は東側を土間、西側を居室とする。


 


 

 

登録有形文化財 吉田家住宅(よしだけじゅうたく)

主屋、土蔵 2件

   平成21年1月22日告示
   鹿島市大字中村
   建造物


 吉田家住宅吉田家は旧鹿島村の地主を務め、明治以降は貸金業や米穀商として繁栄した。吉田家住宅は明治23年(1890)、吉田次平により建築されたが、次平は、村会議員、藤津郡議会議員を務める名士であった。
 主屋は、旧長崎街道に正面しており、木造和小屋二階建て居蔵造りの建物。屋根は桟瓦葺きであり、正面通り側は入母屋平入り造りである。
 土蔵は、主屋の奥に建ち、木造和小屋二階建ての土蔵造りである。屋根は切妻桟瓦葺きで、外壁は大壁白漆喰塗を基本に側面腰に縦板が張られている。

 


  

登録有形文化財 池田家住宅(いけだけじゅうたく)

主屋、座蔵、石垣 3件

   平成21年5月14日告示
   嬉野市塩田町大字五町田
   建造物


 池田家住宅池田家は元士族の大地主であり、後に教育者や村長を務めた地元の名士である。

 池田家住宅は、主屋と座蔵、石垣からなり、主屋は江戸末期から明治初期頃に建てられたクド造の屋根形式を有する茅葺きの在郷武士住宅であったと考えられる。大正時代に、建物正面の景観を重視し、接客空間の充実を図るために巧みに改修が施されている。

 主屋は、現在、寄棟造桟瓦葺き、平入りで上屋の壁面を土蔵として軒裏を折上げている。

 座蔵は南側を入母屋造、北側を切妻造とする桟瓦葺きの2階建で、1階は三部屋の倉庫からなり、正面妻側に入り口をもつ1部屋が土間、土間側から入る奥の2部屋には床を張る。

 石垣は、山裾の土地の段差を切り取る形で南(正面)側と東側の敷地境を取り囲む構成をとり、これに前庭を形成する石垣が配置されている。

  

 

登録有形文化財(建造物) 杉森家住宅(すぎもりけじゅうたく)

主屋、二階門 2件

   平成21年11月19日告示
   武雄市山内町大字宮野
   建造物


 杉森家住宅杉森家は江戸時代から医者を務め、明治時代には薬の製造も行っていた。

 杉森家住宅は、主屋と二階門からなり、主屋は明治24年に現在の姿となり、二階門は、この時に新築されたものである。

 主屋は、旧診療所と旧製薬所の建物からなる。明治24年の改造は、診療所の建物の前面に洋風デザインで増築を行い、現在の特徴的な外観が作られている。明治時代の医業及び薬業の状況を知る上で重要な建造物である。

 二階門は、この診療所増築時に新築されたもので、名前のとおり二階建てで、洋風デザインを取り入れて建築された。建物側面に大きく掲げられた家紋は、「三星一文字(みつぼしいちもんじ)」で、松浦一族の家紋と同じものである。伝統的な門形状にとらわれず、特徴的な形状をとり、明治中期の住宅の屋敷構えを考える上で重要な建造物である。

  

登録有形文化財(建造物) 医王寺(いおうじ)

本堂、山門 2件

平成22年9月10日告示

唐津市相知町黒岩

建造物


医王寺本堂

 医王寺は永徳3年(1383)に創立された曹洞宗寺院で、岸岳城主の波多氏の保護を受け、三本山の一つに数えられる大寺院に発展した。

 本堂は、木造平屋建て入母屋造平入桟瓦葺建物で、棟札により安永7年(1778)建築とわかる。建築当初は屋根は茅葺であったが、明治43年(1910)に瓦葺に改造し、昭和56年に室内の前土間部分に床を設けた。建築年代が明確で、その後の改造履歴も明らかであり、標準的な曹洞宗本堂を現代に伝えるものとして貴重である。

 本堂内には県重要文化財「木造薬師如来立像」が安置されている。

 山門は、木造切妻桟瓦葺の薬医門(やくいもん)で、桁隠し部分に墨書で文政4年(1821)「萬吾作ス」とあり、建築年が判明する。建物の規模に比べて太い材料を用い、創建当時の形式を現代に伝える貴重な建造物である。

 

登録有形文化財(建造物) 木下家住宅(きのしたけじゅうたく)

主屋、離れ、つなぎ屋 3件

平成23年10月28日告示

多久市東多久町大字別府

建造物


木下家住宅離れ外観写真 木下家は、19世紀の初め頃から明治に至るまで3代にわたって当地の大庄屋を務め、その後、明治元年に酒造業を創業し、昭和48年(1973)まで営んだ。

 主屋は、木造二階建て寄棟造桟瓦葺建物で、当家に保管された資料から明治22年(1889)建築とわかる。昭和3年(1928)に二階を増築し、昭和57年に南側に洋間を増築した。明治中期の大型商家建築の状況を現代に伝えるものとして重要である。

 離れは、木造平屋建て入母屋造り桟瓦葺きで、当家に保管された資料から大正13年(1924)建築とわかる。創建時の状況のまま現在に至っている。大正末期の商家の離れ座敷の様子を伝える重要な建造物である。

 つなぎ屋は、木造平屋建て切妻造り桟瓦葺きで、離れと同時に建築された。浴室の天井や廊下の丸窓など大正期の雰囲気をよく留めており、小規模ながら重要な建造物である。

 なお、木下家の同一敷地内には、国重要有形民俗文化財「肥前佐賀の酒造用具」が保管展示されている。

 

登録有形文化財(建造物) 与賀神社本殿・弊殿・拝殿(よかじんじゃほんでん・へいでん・はいでん) 

1件

   平成25年6月21日告示
   佐賀市与賀町92番
   建造物


与賀神社 与賀神社は、欽明天皇25年(564)に勅願造立され、建暦2年(1212)北条義時が社殿を再興したと伝わる。

 本殿・弊殿・拝殿を一直線に接続した複合社殿であり、残存する本殿と拝殿の棟札によると、鍋島藩6代藩主鍋島宗教(むねのり)を大願主とし、酒井新五左衛門孝耀を総大工として建設された。その後、屋根を銅板葺に改造している。本殿は石積基壇上に立つ大型の五間社流造で、内外を瑞獣や雲龍などを主題とした精巧な彫刻で華やかに飾る。弊殿は切妻造、銅板葺で、石積基壇上の切石礎石上に立ち本殿及び拝殿と一体に造られる。室内の本殿側には、装飾豊かな本蟇股を置き、華やかな室内となっている。拝殿は入母屋造、軒唐破風付、銅板葺で、元の切石積をコンクリート洗出しで固めた基壇上に建つ。

室内は出三斗で支える格天井や、正面と背面中央間に虹梁を浮彫付きとするなど装飾豊かである。

 なお、同神社には、国重要文化財(建造物)の「与賀神社楼門」と「三の鳥居及び石橋」があり、境内には県天然記念物「与賀神社の楠」が生育し、また国重要文化財(工芸品)の「太刀 銘康(以下不明)伝康光」が奉納されている。

 

 

 

 

  

 

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