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企画展示「公文書にみる大正の学校」

 

概要

 明治時代に近代学校制度の基礎が築かれ、大正時代になると中等教育やその後の進学先である高等教育機関の拡張整備が行われました。

 前年度4月から6月に開催した「公文書にみる明治の学校」展に続き、大正時代の佐賀の学校について所蔵資料等を展示しました。

 【会期:平成26年4月23日~7月27日】 

生徒制服 


主な展示資料紹介

大正9年三養基中学校

  

  大正初期、県内には佐賀・唐津・鹿島・小城の県立中学校と私立の龍谷中学校がありました。中学校の配置や増設について、たびたび県会に持ち出されており、また神埼・三養基地区選出議員の熱心な要請もあって佐賀中学校三養基分校を設立する動きが起こります。

 この簿冊には、新設に関しての建議案や、分校位置選定に関する関係市町村からの内申などが綴られています。

佐賀中学校三養基分校位置選定について上申書

(大正8年6月10日)

  

 三養基郡長から県へ、分校敷地及び整地費の提供に関する上申書。

 設置が決定した中原村(現みやき町)以外にもいくつかの候補があり、各町村は分校誘致のために内申書を県へ提出しています。 

 大正9年2月、文部省告示第39号により、佐賀中学校三養基分校を佐賀県立三養基中学校と改称の上、開校することが認可されました。

 

佐賀市街精図

(大正5年牧川書店発行)

 

  簿冊「県会郡会等関係(高等学校設置に関する書類)」に収められている資料で、佐賀高等学校(現在の佐賀大学本庄キャンパス)設置の第一候補地が朱書きしてあります。また、この時代、城内周辺には計11校もの各種学校が密集していました。 

小城実科高等女学校編入試験問題

 

 大正3年、学校組合立小城女学校は家政に重きを置く実科高等女学校に組織変更することとなりました。その際の在校生の編入試験問題の一部です。国語や算術などのほか、裁縫や修身を含む試験を行い、相当学年に編入させました。 

 

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佐賀県庁(法人番号:1000020410004) 〒840-8570  佐賀市城内1丁目1-59   Tel:0952-24-2111(代表)     
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