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企画展示「終戦後の佐賀2 ―行政の役割―」

 

概要

 昭和20年、県内では終戦とともに復員者・引揚者・戦災者が流入し、生活必需物資や住居の不足が起こりました。食糧の確保や農地改革、引揚者への援護など、人々の生活の安定のための県の政策について展示を行いました。【会期:平成27年9月9日~12月13日】

 

  

 

 

主な展示資料紹介

 

 

旧軍需物資玉蜀黍(とうもろこし)払下御願
(昭和21年5月13日)

 

 味の素株式会社佐賀工場は、戦中、軍需工場として、とうもろこしを原料とする航空機燃料アルコールを製造していました。

 戦後、このとうもろこしを材料として乳児用滋養糖液や米穀供出勧奨用の飴、県から配給するパンを製造するため、とうもろこしの払下げを知事に願い出ています。

 報告書
(昭和25年10月5日)

 

 嘉瀬川農業水利事業を国営土地改良事業に申請するための予備審査へ提出された調査報告書です。

 佐賀平野の干害被害の根本的な対策として、嘉瀬川農業水利事業を行う必要性があることが記されています。

 

 

協楽園図面

 県営厚生寮協楽園平面図

(昭和39年3月16日)

 

 昭和22年5月、元歩兵第55連隊兵舎(佐賀郡高木瀬村)を改修し、引揚者・戦災者等のための住宅「県営厚生寮協楽園」が設置されました。

 当時、県内にはこのような引揚者のための厚生寮が他に10ヶ所あり、協楽園は2,400人以上を収容した最大規模のものでした。昭和24年5月には、園内に高木瀬小学校の分校が開校し、翌年4月協楽園小学校として独立しました。

 協楽園内の風景

(昭和41年)

 住宅は旧兵舎を改修して作られたため、恒久的な使用に耐えうるものではなく、トイレや洗い場も共同利用でした。

 社会・経済の安定とともに入居者は徐々に転出し、残っていた入居者も昭和41年から3年計画で、新設の住宅団地へ移転しました。

 

 

 

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