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令和2年9月 三養基高等学校創立百周年記念誌への寄稿『暁の闇を貫く光として』

最終更新日:

 佐賀県立三養基高等学校が創立百周年を迎えられますことを心からお祝い申し上げます。
 貴校は1919年、佐賀藩藩校「弘道館」の教育理念を受け継いだ佐賀中学校三養基分校として設置され、翌年、三養基中学校として開校しました。初代の前波仲尾校長は、校訓「質実剛健」の精神のもと、生徒の個性を重視した「人」を育てるための教育に情熱を注がれました。以来百年、三養基の名を大切にされ、地域の皆様に愛されながら、2万人を超える卒業生を社会に送り出してこられたご功績に対して、歴代の校長先生はじめ、先生方ならびに関係者の皆様に深く敬意を表しますとともに心から感謝申し上げます。

 貴校の卒業生のお一人に、「ミスター聖火」と呼ばれた中島茂さんがいらっしゃいます。中島さんは1964年の東京オリンピックにおいて旧文部省の式典副本部長として聖火リレーの空輸に尽力されました。ギリシャを出発し中東・アジア十数都市で人から人へとつながれたその火は、戦後の混乱を乗り越えた日本がさらに発展を遂げようとする強い意志を世界に伝えるものであり、多くの人たちに勇気と感動を与えたことでしょう。聖火をつなぐ道のりにおいて、予期せぬ様々な困難を中島さんが乗り越えていったのは、それぞれの国や地域の人々と助け合いながら前へ進むたくましさ、言い換えれば、貴校で培われた質実剛健の精神が礎にあったからだと思います。

 質実剛健の精神で文武両道に励む姿勢は、今もなお、貴校に学ぶ生徒たちにしっかりと受け継がれているように思います。学業では大学進学をはじめとした希望進路の実現には顕著なものがあり、部活動では、剣道部は県内屈指の強豪校として団結力のあるチームづくりをされています。吹奏楽部はコンクールで優秀な成績を残されている傍ら毎年地域での様々な訪問演奏をされており、ボランティア部は児童クラブなど地域活動を長年続けられていることなども、貴校が地域とのつながりを大切にされている表れでしょう。さらに、同窓会のご支援による海外研修を通して、世界にも視野を広げる生徒たちが増えていることも喜ばしい限りです。

 今年は、新型コロナウイルスの感染拡大により外出自粛や行動を制限され、親しい人と会うこともままならない日々が続きました。再び日本で開催される東京オリンピック・パラリンピックは、この未曽有の経験の中で史上初の大会延期という道のりにあり、今、世界中が新たな光を求めて試行錯誤している時といえるでしょう。
 このような中、佐賀県では、高校生にエールを送り、顔を上げて前に進んでほしいという想いから、この春中止となった様々な大会の代わりとして「SSP杯佐賀県高等学校スポーツ大会」を急遽開催しました。長期間の休校で練習もままならず、人と人との距離を置くなど制約がある中で、それでも高校生たちが仲間と力を合わせ、自分の持てる力を発揮して精一杯輝く姿に、私は、たくさんの感動と前に進んでいく力をもらいました。

 「時のある限り、人のある限り、道が窮(きわま)るという理屈はないのである」
これは、激動の幕末期に弘道館に学び、日本初の鉄道敷設や外国との不平等条約改正、早稲田大学の創設などに力を尽くし、明治という時代を築いた大隈重信の言葉です。この百年、さらにその先を振り返れば、佐賀の先人たちは幾多もの困難を乗り越えてきました。そこには人が人を思う温かさがあり、よりよい時代にしたいと願う人々の熱い思いが大きな力となり、道を切り拓いてきたのだと思います。

 三養基の人々が太古の昔から支えあいこの地を守ってきたように、中島茂さんが人と人をつなぐ聖火に力を尽くされたように、今、私たちにはあらためて、互いに支えあい高めあう気持ちが求められています。そうした心で人と人とがつないでいく聖火の光は、夜明け前の闇を貫く、新しい時代の日の出となるでしょう。在校生の皆様には、それぞれの目指す道において、未来を照らす希望の光として、これから活躍されることを切に願っています。
 結びに、三養基高等学校のますますのご発展と今日まで教育活動にご尽力いただきました関係者の方々のご健勝とご多幸を心から祈念申し上げ、お祝いの言葉といたします。





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