三重津海軍所とは?

三重津海軍所とはなに?

三重津海軍所跡の地図
 三重津海軍所跡がある現在の佐賀市諸富町・川副町の一帯は、幕末当時、三重という地域区分でした。津というのは、港のことですので、三重の津、『三重津』と呼ばれていました。その地域に江戸時代を通して、佐賀藩は、御船屋(おふなや)という佐賀藩の船を管理する場所を設けていました。安政2(1855)年に幕府が長崎海軍伝習所を開設すると、佐賀藩は多くの藩士を派遣して航海や造船の知識・技術を学ばせました。安政5(1858)年、佐賀藩は長崎海軍伝習所で学んだことを藩内に広めるため、御船屋があった三重津に御船手稽古所(おふなてけいこしょ)を設けました。ここが三重津海軍所の始まりです。船の操縦や射撃等の訓練を行うほか、船を修理したりつくったりする機能を次第に整備し、今の早津江川西側の河川敷に約600mにわたり広がっていました。慶応元(1865)年に日本初の実用蒸気船となる「凌風丸(りょうふうまる)」をここで完成させました。

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なぜ海軍所が必要だったのか?

フェートン号写真
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 佐賀藩は江戸時代を通して、幕府の命により、福岡藩と交代で長崎港の警備を行っていました。

 文化5(1808)年佐賀藩が長崎港警備の当番の年に、イギリス船フェートン号がオランダ船を装い、長崎港に侵入。オランダ商館員を人質に薪や食料を求めた『フェートン号事件』がおきました。対抗する兵力のなかった長崎奉行所や佐賀藩は、その脅迫に屈してしまう結果となりました。幕府の担当官(長崎奉行)だった松平康英(まつだいらやすひで)はその責任をとり切腹、佐賀藩藩主鍋島斉直(なべしまなりなお)は謹慎処分となりました。この出来事により佐賀藩は、外国勢力に対抗しうる力をつけるため、洋式海軍の創立や洋式艦船の整備を進めていくことになります。

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幕末佐賀藩は船を何隻所持していたのか?

船のイメージと説明

  • 修覆場地区説明

    洋式船の修理に必要な部品の補修や製造を行う製作場や修船の際に船を引き入れるためのドックがつくられました。

  • 稽古場地区説明

    長崎海軍伝習所で学んだ伝習生たちが教官となって、藩士らに航海術や測量術、造船術などの教育が行われました。

  • 船屋地区説明

    海軍所として整備される前は、佐賀藩が所有していた和船を管理していました。海軍所のはじまりである「御船手稽古所(おふなてけいこしょ)」が置かれたのがここです。

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幕末佐賀藩は船を何隻所持していたのか?

  • ドックとは?

    ドック(船渠)とは、船をつくったり修理したりする施設のこと。

  • 佐賀藩がドックをつくった理由とは?

    佐賀藩が所有していた和船は全長20m程度でしたが、オランダから輸入した蒸気軍艦「電流丸」は全長45mもあり、とても船屋地区では管理や修理ができませんでした。そこで、南端におかれた「修覆場地区」に、大型の洋式船を修理するためのドックをつくったのです。

  • 三重津海軍所のドックの特徴とは?

    発掘調査では、全国的にみても珍しいドックの一部が発見され、日本に現存するものとしては国内最古であることが分りました。西洋では、主に石やレンガを材料にしますが、三重津海軍所のドックは「木」や「土」和船に使う「船釘」などを用い、日本の伝統技術を駆使して作られました。

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世界遺産への取組み

世界遺産登録へのあゆみ

海軍寮エリア北東側の調査状況
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製罐所・船渠エリアの調査状況
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製罐所エリア出土のツボ
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平成21年 1月 5日 「九州・山口の近代化産業遺産群」がユネスコの世界遺産暫定一覧表に記載されました。
平成25年 4月 23日 ユネスコに推薦してもらうための推薦書を国に提出しました。
平成25年 8月 27日 「稼働資産を含む産業遺産に関する有識者会議」(事務局:内閣官房)でタイトルを「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」とすることが決定されました。
平成25年 9月 20日 「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の世界遺産への推薦が決定されました。
平成26年 1月 29日 政府からユネスコへ「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の推薦書(正式版)が提出されました。
平成26年 9月 26日 イコモス(国際記念物遺跡会議)による現地調査が行われました。
10月 5日
(今後の予 定)
平成27年 5月 イコモス(国際記念物遺跡会議)による勧告が行われます。
平成27年 6月 ~7月 世界遺産委員会において、登録の可否が決定されます。

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幕末佐賀藩の歴史遺産

  • 築地反射炉跡
  • 精錬方跡
  • 多布施反射炉跡
  • 三重津海軍所跡
  • 日本の礎 佐賀にあり
  • 日本の近代化の礎、幕末佐賀藩の歴史遺産

九州・山口の近代産業遺産群