佐賀県総合トップへ

佐賀県内の世界遺産構成資産や関連資産

最終更新日:

 このページでは、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産である三重津海軍所跡や関連資産などを紹介しています。

 

【構成資産】 三重津海軍所跡 (佐賀市)

三重津海軍所

 

 三重津海軍所跡は、佐賀県南部の佐賀市(旧諸富町、旧川副町)に位置し、筑後川の支流早津江川の西川河川敷にあります。

 幕末に佐賀藩が洋式船による海軍教育を行うとともに、藩の船の係留地として、また修船・造船を行う場として機能した施設です。

 発掘調査によって洋式船の修理のための部品の補修・製造を行った遺構や修理・造船のため船を引きこむためのドックの木製骨組遺構が発見されました。

 このドックは現存する国内最古のもので、西洋の船舶技術の導入を行い、自力による近代化を目指した過程を知るうえで貴重な遺跡として評価されています。

 また、日本で初めての実用的な国産蒸気船「凌風丸」が建造されました。(1865年)

 現在は、佐賀市の佐野記念公園として整備されており、佐野常民記念館と目前に広がる三重津海軍所を再現した歴史公園となっています。

 また、佐野常民記念館3階にある「三重津海軍所跡インフォメーションコーナー」で、パネルや映像、復元模型などにより、様々な情報が紹介されています。

 

  

(三重津海軍所跡周辺の写真)

 

【関連資産】 築地反射炉跡 (佐賀市)

築地反射炉

 

 佐賀藩は、当時、日本唯一の海外との窓口であった長崎の警備を担当しており、アジアへ進出していた欧米列強に危機感を抱き、いち早く西洋の技術を取り入れ、軍備の近代化に取り組みました。

 この築地の反射炉は、一冊の蘭学書(「ロイク国立鉄製大砲鋳造所における鋳造法」の翻訳書)を基に1850年に建設され、日本で初めて、鉄製大砲の鋳造に成功しました。

 そして、鋳造された大砲は、長崎県の四郎ヶ島台場等に設置されました。

 

 築地反射炉は、現在の佐賀市の日新小学校の敷地付近に位置していたものと考えられており、日新小学校の校庭には、反射炉や鉄製大砲の模型などが置かれています。

  

カノン砲模型

 

反射炉模型

(反射炉や鉄製大砲の模型(日新小))

   

【関連資産】 多布施反射炉跡 (佐賀市)

多布施反射炉

 

 幕府の大砲鋳造の依頼を受けて、1853年に建設されました。ここで鋳造された大砲は、幕府が品川に築いた砲台(現在の東京・品川のお台場)に備えつけられました。

 

 絵図の右側には、水車が描かれていますが、当時は、水車の力を利用して、反射炉で鋳造された大砲に穴をあけたと考えられています。

 

 (現在、民有地となっており、当時の姿はありません。)

【関連資産】 精煉方跡 (佐賀市)

精煉方

 

 佐賀藩が1852年に設けた理化学研究所です。

 佐野常民を主任として、田中久重(からくり儀右衛門)、石黒寛次、中村奇輔、田中儀右衛門(田中久重の養子)など、県内外から有能な技術者が集められ、蒸気機関車、蒸気船の模型やガラス、火薬、電信機などが造られました。(現在は民有地となっており、当時の姿はありません。)

 

 

関連リンク 

 佐賀城本丸歴史館
このページに関する
お問い合わせは
(ID:1895)
佐賀県庁(法人番号 1000020410004) 〒840-8570  佐賀市城内1丁目1-59   Tel:0952-24-2111(代表)     
Copyright© 2016 Saga Prefecture.All Rights Reserved.

佐賀県庁(法人番号 1000020410004)

〒840-8570
佐賀市城内1丁目1-59
Tel:0952-24-2111(代表)
Copyright© 2016 Saga Prefecture.All Rights Reserved.